ホームページ制作からブランディングへの転換、その光と影

佐野彰彦/デザイナー・事業家

当メディアの発起人、佐野彰彦です。

この「バックステージトーク」では、Web,Design,IT,Creativeな仕事で活躍する人に登場いただきたいと考えています。「その人」のバックステージにフォーカスし、“楽屋でお話いただくようなトーク”を引き出していくことを試みます。

なぜその仕事をしているのか、なぜその人には仕事が舞い込むのか、これまでにどんな変遷があったのか、ビジネスとして収支はどうなっているのか、現在の課題感、次にやろうとしていることなど。

どこまでお話いただけるかはわかりませんが、私たちが「本当は気になっているが、あまり聞けないこと」について、お尋ねしていきたいと思っています。

有名無名に限らず、私が気になる方にお声をかけさせていただきたいと思います。Web,Design,IT,Creativeな仕事の一助となり、業界の発展に微力ながら寄与できればと思っていますので、ご協力いただけたら幸いです。

今回は、初回投稿となるので、まずは私自身の自己紹介を兼ねてポストします。事前に、私と一緒に仕事をしたことのある人数名に当メディアの趣旨をお伝えし、「私への質問」を集めました。その質問に回答しています。

「ブランディング」を掲げているが、どうしてブランディングを提供しようと考えたのか?「デザイン制作」と「ブランディング」はどう違うのか?

よくいただく質問です。まず、私自身のキャリアは2004年に「Webデザイナー」として独立し、ホームページ制作業を受託する仕事からはじまりました。その後、ブランディングを自分の品目として名乗るようになったのが、2012年頃からだったと思います。

まず、「ブランディングは何をすることなのか」については、定義がそれぞれの会社や人によって異なります。

ですので、あくまでも私の定義になるのですが、ブランディングは、会社や商品の魅力をより正しく強く届けるための「企画と戦略」を提供する仕事。デザイン制作は、ロゴやホームページを実際の形、データ化して納品する仕事としています。

Webデザイナーとして独立開業したのが2004年で、その当時はブランディングとは言っていなかったのですが、ホームページ制作においても、企画や戦略をお客様と会話しながらまとめていくようなことはしていました。

Webデザイナーとして、単にホームページを作成するだけでなく、ご依頼いただくお客様のビジネスに貢献したい、そのためには作るだけではなく、お客様のビジネスの骨子から理解する必要があると考えていました。それは独立するときに、予め決めていたスタンスです。

しかし、いざそのようなスタンスで仕事をしようとすると、お客様の業界やビジネスを理解するための事前学習、お客様の課題を整理したり、競合となる会社や商品のリサーチ、どうすればビジネスを有利に展開できるか、その上でホームページはどのようなコンテンツが必要で、どのようなデザインが適切であるかなど、企画と戦略の立案と、それに対するディスカッションに、膨大な時間がかかります。

実際にそのような仕事の仕方を、独立当初からしていたのですが、お客様からは「デザイナーさんにそこまで突っ込んでもらえるとは思っていなかった」「ホームページ業者さんに、企画戦略まで考えてもらえるとは思っていなかった」と言われ、喜んでいただけることがほとんどでした。

一方で、私自身の見え方が、「ホームページ屋さん」になっていることで、企画や戦略部分はどことなく「付加価値」となってしまい、そこに対価があることを理解してもらいにくかったのです。

「デザインをつくる前」に割く時間と膨大な労力が、お客様の成功のためには重要だと考えながらも、「デザイン制作」や「ホームページ制作」という品目では、経済的な合理性が成り立たないため、やることには変わりがないのですが、企画戦略の立案など、ビジネスに対するコンサルティング部分を改めて「ブランディング」という品目で看板を掲げることで、理解を得られやすくしようとしたというのが流れです。

「ブランディング」の知識、および実践力はどのように身に着けたのか?

私の考える「ブランディング」は、ビジネス戦略とデザイン戦略を合体させたものであり、これといった学習方法や文献などが確立されているわけではないので、回答が困難な質問のひとつかもしれません。しかし、近い回答を探すとしたら、私自身のキャリアの変遷そのものになると思います。

まず私は、デザイナーと名乗っておりますが、経歴としては美術系大学を出たわけではなく、理工学部で数学を専攻し、社会人のスタートは音楽系商社で新規事業を開発する部署に所属、商品の企画と営業を兼務する仕事がキャリアの出発点です。

何もないところから、商品を企画し、製造し、広告をつくり、営業して販売するところまで、小さなビジネスを一通り経験できるような環境があったのです。モノを考え、形にして、販売するという一連の活動が、自分で経験できたことが、今になって思えば非常に役に立っていると感じています。

その中で、売れるもの、売れないもの、短期的には売れたが続かないもの、長く売れ続けるもの、様々な商品があり、各工程での成功や失敗が体験として刻まれています。当然、売れるものにも売れないものにも理由があり、それは単に商品の品質だけでなく、商品の魅せ方や伝え方にも大きな要因があることに気づきました。

その後ともなくして、アナログからデジタルの時代へ進んでいき、ビジネスとインターネットの関係が急速に近づいていきました。ホームページから直接商品を販売したり、見込み顧客から問い合わせを得ることなどが、小さなビジネスでもできる時代になったことは、非常に大きいことでした。「これだ!」と直感した私は、のめり込むように、独学でWebデザインやプログラミングを習得し、「Webデザイナー」として転職することになります。

また、私は企業で社員として働く傍らで、音楽家としての活動も行っていました。自分の音楽作品をホームページで発表したり、ライブイベントの企画や集客を行うことにおいても、Webを通じた情報発信の技術は欠かせないものでした。

「ブランディング」と意識してはなかったけれども、仕事や音楽活動において試行錯誤を繰り返してきたことが、今につながっています。「どうすれば、人に魅力的に伝えることができるのか、人の心を動かすことができるのか」という知見を少しずつ養ったのだと思います。

もちろん「ブランディング」というジャンルには、著名なコンサルタントがたくさんいます。ブランディングに関する書籍や文献にも数多く触れてきました。たとえばデービッド・A・アーカー氏のブランド論やベネフィット3分類などは大好きで、何度も読み返している理論です。

自分自身のビジネス体験、座学で学んだ知識、そしてお客様からいただく一つ一つのご依頼に対し、緊張しながらも精一杯取り組んできた経験の積み重ねが、私なりのブランディングとして少しずつ形となってきたのではないかと考えています。

はじめてのブランディング案件はどのように獲得したのか?また現在はどのように仕事を獲得しているか?

私の場合、メインのクライアントは中小企業の経営者になります。お客様の多くは、「ブランディングをお願いします」と依頼してくださるわけではなく、「ホームページを制作したい」というご相談がはじまりになります。

独立してはじめての仕事は、知り合いからの紹介でした。「ホームページのリニューアルをしたい社長がいる」ということで繋いでもらい、その社長のお話を聞くと、「インターネットからもっと新規受注が来るようにしたい」ということでした。よくある話ですよね。

私はその時は、「ブランディングしませんか?」とは言いませんでしたが、「ただ単にホームページをリニューアルしても結果が伴うとは思えないので、一度、きちんと会社のコンセプトや商品の特徴などを整理するところからやりませんか?」とご提案しました。

その時は、目の前の社長に満足してもらいたい、必ず結果を出したいという思いでしたので、採算度外視で、とにかくその会社のよいところや、売れ筋の商品の特徴、競合にはどんな会社がいるのかなどをリサーチして、企画書にまとめていきました。

私自身も経験が浅く、今思えばたいした企画書ではなかったと思いますが、そのスタンスや熱意はきっと社長に伝わったのだと思います。非常に喜んでいただき、ぜひ一緒に仕事しましょうということで、ブランド戦略、コンセプトメイキング、CI/VIも含めたデザイン全般、ホームページフルリニューアル、Webマーケティングまでをトータルでお引き受けさせていただけました。

現在も仕事の舞い込み方については、知り合いからの紹介が最も多く60%くらいで、あとは既存クライアントからの二次的なご依頼(新規事業の立ち上げなど)と、私の過去の仕事をメディア等を通じて知っていただけたという方がそれぞれ20%くらいです。

広告や営業はしておらず、基本的には受け身の受注スタイルです。過去の仕事が次の仕事につながることを意識して、目の前の仕事に集中するようにしています。

それでも、「ブランディングをお願いします」という相談ケースはさほど多くなく、まずはホームページやデザインの制作のご相談からはじまることが多いですね。独立当初と同じように、私のほうから「企画戦略からはじめませんか?」という、ある意味ではおせっかいな提案をして、その考えに賛同してくださった場合に、受注となります。

ブランディングはどのくらいの見積もり価格で提案しているか?コンペや相見積もりには参加しているか?

まず、ブランディングというのは、発注者からすると何をすることなのかよくわからない、なんとなく怪しい感じもする、という不安もあるはずです。

ですので、私の場合は、「一式いくら」みたいな見積もり書はつくりません。必ず、企画書とセットで、各項目の詳細と成果物をかなり細かく書き出して、これから何をやるのか、そこで何が得られるのか、その項目にかかる費用と、お客様側にも必要となるタスクなど、詳細に記載した見積書を作成してご提案します。

また見積書を作成する前に、初回面談、一次ヒアリング、二次ヒアリング、おおよそ3回以上は打ち合わせを行うようにしています。そこから仮の企画書を作成し、見積書に落とし込んでいくという作業になります。

費用はそれぞれの案件ごとに企画内容が異なってくるので、一概にいえませんが、中小企業のコーポレートブランディングをトータルでお引き受けした場合は、キックオフからブランド発表までにかかる経費として、おおよそ1000〜1500万程度を見ていただくケースが多いです。場合によってはもっとかかることもありますし、コンパクトにはじめるケースもあります。お客様のビジネス規模や決算状況、成長ステージに合わせてプランニングするので、無理なご予算を強いることはありません。

そして、コンペですが、基本的には参加いたしません。

私の考えるブランディングは、経営者と二人三脚で、ともに成功を目指す関係性が欠かせないものになります。コンペという関わり方からスタートすると、コンペにまずは勝つという提案が必要になってしまい、目線がブランディングの成功ではなくなってしまいます。またコンペに割く時間を捻出するリソースがない、負けたときのリスクが大きすぎるというのも現実です。コンペという手段は、主従を強要する形式になりがちで、よい会社、よい提案を集めることにはつながらないので、お客様にもデメリットが大きく、おすすめしないようにしています。

相見積もりは、お客様の権利だと思いますので、私からなにかを言うことはありません。ブランディング会社にも様々ありますので、十分に検討いただいたほうがよいと思っております。

しかし、ブランディングの成否は、前述の通り、二人三脚の双方の取り組みによるものなので、価格比較だけでなにかを判断することは、これもまたリスクがあると考えておくほうがいいと思います。

なぜ自社事業をやろうと思ったのか?受託事業との両立は可能か?

自社事業をはじめた理由は大きく3つあります。

ひとつは、創業直後の方や地域密着型ビジネスなど、スモールビジネスオーナーからのホームページ作成のご相談に対し、オーダーメイド型の提案では、予算規模がどうしてもミスマッチになることが多かったからです。

ブランディングやホームページ制作は、受託型・オーダーメイド型の仕事になるため、多くの仕事をこなることが難しく、そのためどうしても単価を上げなくてはならないことがあります。

しかし、個性があり魅力的なスモールビジネスは世の中にたくさんあり、そのようなビジネスを手掛ける方をなんとかして支援したいという思いがありました。そこで、「ご自身の手で、まずはホームページを立ち上げられるツールやパッケージサービス」があるとよいと考え、それを事業化したというのが大きな理由です。

次に、ブランディングを提供していくことは、経営者と同じ目線で、同じ会話ができる必要があると感じていたためです。自分で事業を運営した経験がないままでは、経営者の課題に対し本当の意味でのコンサルティングすることにはならないのではないか?という引っ掛かりがありました。

私自身が自社事業を所有し、それを運営している経験を踏まえることができれば、より現実的で立体的なブランディングの提供が可能になると考えたことも、ひとつの理由です。

最後は、自社の経営の安定化を目指しているからです。受託事業の宿命でもありますが、お客様からのオーダーが入らない限り収益にならないため、自社の経営を先々まで計画することはとても難しいわけです。自社で事業を持つことで、事業計画を組み立てやすくしたいと考えて、挑戦しているというものあります。

自社事業と受託事業の両立ですが、とても難しいですね。

一定のシナジー効果は必ずありますが、ビジネスモデルが大きく異なりますので、兼務でやることは難しいというのが現実的な実感です。私の場合は、結果的に、自社事業と受託事業を分社して別々の会社にすることになりました。

現在は、自社事業が軌道に乗ってきているので、そちらの経営に多くの時間を割いています。その分、ブランディングなどの受託事業は、かなりセーブしているのが現状です。

はじめは、受託事業と兼務でやっていましたが、それでなんとかなるのは事業立ち上げの段階だけです。また「受託事業の手が空いたら、自社事業をやる」という建付けでは、一向に進まないのと、自社事業が軌道に乗ってきたら、逆に受託事業の手が足りなくなります。

自社事業には先行投資が欠かせないので、ある程度の覚悟を持って、継続しなくてはなりません。 私自身の反省でもありますが、片手間にやろうとしてもうまくいかない、自社事業をやるなら、きちんと計画と予算を立てて、組織づくりを行う必要があるというのが今の考えになります。

これまで失敗したと思う経験やうまくいかなかった仕事は?

たくさんあります、笑。

ブランディングにおいては、現在は経営者の意思を最重要ファクターと据えて、経営者との二人三脚を何よりも重視していますが、過去には、苦い経験も多々あります。

中小企業は特にですが、経営者は非常に多くの責任を抱えているので、日々孤独と不安との闘いです。そこは私自身も経営者の端くれですので、よくわかっているつもりですが、一方で、そこで働く社員も同様に、会社の先行きを不安に感じているケースも多いです。

コーポレートブランディングは、会社の舵を大きく見直し、新たな会社として再出発することにつながりますので、社員にとっても期待値が高まる取り組みになります。私は基本的には経営者の参謀として、経営者の考えを社員に代弁していくという役割を担います。

しかし、その代弁の方法やタイミングを間違えてしまうと、社員の目線が私に集まってしまい、社長が蚊帳の外という形になってしまうリスクがあります。私は毛頭そんなつもりはなくても、社員からすると「佐野さんが入って来てくれて、本当によかった」という認知になってしまい、社長の立場を毀損してしまいかねません。

過去にそのような失敗が何度かありました。ですので、私はあくまでも社長の黒子であり、社長の考えを言葉やデザインにして伝えるための道具係、ということを間違えないようにしています。

これからやりたいこと、最終的に目指していることは?

ブランディング事業、自社事業と、2つの会社の経営をやっていますが、私がやりたいことは「いいのに知られていない」という会社や事業をデザインの力で支援することです。

1対1でオーダーメイドで支援するのがブランディングであり、1対Nでサービスを通じて支援するのが自社事業というように整理しています。

社会のゆたかさとは、一人ひとりの人生の充実感の総和であると考えています。その実現のためには、「やりたいことをなりわいとして生きていく人」がもっと増えていくとよいなと思います。

だからこそ、個性的な中小企業やスモールビジネスの支援は、やりがいがある魅力的な仕事です。

そして、デザイナーやクリエイターの力を、もっとスモールビジネス支援に集められないかとも思っています。デザインの力でできることはもっとあるはずです。

現在は自分の2つの会社の経営に集中していますが、これからは少しずつ、デザイナーやクリエイターのみなさんにも、私が経験してきたスモールビジネス支援の魅力とやりがい、それを事業化していくノウハウなどを提供していきたいとも思っています。

佐野 彰彦(さの・あきひこ)

株式会社それからデザイン代表・株式会社smallweb代表。事業家・デザイナー。音楽系企業にて新規事業開発を担当した後、デザイン業界へ転身。モノの見せ方だけを担当するデザイナーの関わり方について疑問を感じ、ブランド開発段階から参加するようになる。自らも事業家として、ITサービス「とりあえずHP」、コワーキングスペース「TURN harajuku」をプロデュース。現在は中小企業や地域のブランディングの依頼も増えている。